気候風土がどこか日本から離れた外国のようだと評価される北海道。その礎となった歴史的建造物を復元しています。アイコンをクリックして拡大画像をご覧ください。



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函館本線/蒸気機関車C11

函館本線/蒸気機関車C11

北海道の鉄道の発祥路線である函館本線は、1880年に手宮-札幌-幌内間に官営幌内鉄道の手で開通した。 北海道には2両のC11形蒸気機関車(171号機と207号機)が動態保存されており函館本線や釧網本線、富良野線などで観光用のSL列車を牽引している。C11形はローカル線で活躍した小型のタンク機関車で、転車台のない路線でもバック運転がしやすい設計になっている。

札幌飛行場

札幌飛行場

札幌市北24西6を中心に旧北海タイムス社が飛行場を設置。昭和20年敗戦の秋に閉鎖。現在西9丁目には、門柱と「風雪」碑があり、彫刻の裏面には「大空に憧れ、空高く飛んだ、父も兄も弟も、遠い思い出になって消えてしまうだろう。」と刻まれている。

札幌琴似屯田兵村

札幌琴似屯田兵村

現在のような札幌でも有数の繁華街として琴似が発展するきっかけは、 明治7年の琴似屯田兵村の誕生であった。現在、琴似に入植した屯田兵の兵村と住んでいた兵屋を理解する上で、重要な史跡として保存されている。

札幌郵便局

札幌郵便局

支笏湖を形成した火山帯が噴火し、支笏湖から約20Km離れた「石山地域」に降り積もり堆積し、冷却されて固まったのが、石山軟石。この軟石を使い、明治43年、札幌市大通西二丁目に大通公園に大きくはみだす形で建てられた。

札幌創成川

札幌創成川

1866年に幕府の役人・大友亀太郎が札幌村を開く際に開削した用水路・大友堀が前身の創成川は、鴨々大水閘と2か所の水門を設けて船が航行できるよう広げられ、札幌に鉄道が通るまで、水運の要として利用された。

札幌停車場/JR札幌駅

札幌停車場/JR札幌駅

1907年、札幌を訪れた石川啄木は「道幅の莫迦(ばか)に広い停車場通りの、両側のアカシヤの街 (なみき・並木)、蕭条(しょうじょう)たる秋の雨に遠く遠く煙ってゐる。其(その)下を往来する人の歩みは皆静かだ。男も女もしめやかな恋を抱いて歩いている様に見える」と書き残した。

五番館デパート

五番館デパート

明治39年、札幌興農園が札幌で初めての百貨店を開業。赤レンガの洋館は横浜の西洋館を模したもので、明治から平成まで市民に五番館デパートとして親しまれた。電話番号が5番だったということから、「五番館」という名前が付けられたそうだ。

時計台

時計台

北海道開拓の指導者を養成する目的で開校した札幌農学校初代教頭として赴任したクラーク博士は、南北戦争に陸軍大佐として従軍した経歴を持っており、生徒の心身を鍛える兵式訓練や体育の授業を行う「武芸練習場」を建設することを考えていた。1878(明治11)年に札幌農学校の演武場として建設された。

豊平館

豊平館

明治13年(1880)、開拓使直属(官営)のホテルとして札幌市中央区北1条西1丁目( 旧市民会館とNHK放送局の建っている一丁画)の広大な敷地に建設された。一階・二階のロビー、一階には食堂と遊戯室(ビリヤード)、二階には宴会場がそれぞれあり、近代的なホテルの体裁をしっかり備えていた。明治初期を代表する洋風建築物。

豊平橋

豊平橋

札幌豊平川にかかる橋は、流れのために流失と落橋を繰り返してきた。1924年(大正13年)に豊平川に架かる最初の橋として、鉄のアーチ三つを持つ美しい橋が完成。この橋には市電も通り、その頑丈さは永遠ではと思われが、車社会という時代の流れには勝てなかった。